Nanotech Application Note - 1997
実験方法
片面が鏡面研磨されたステンレス鋼(SUS304)に、現在一般的に切削工具や金型のハードコーティングとして用いられている5種類の硬質薄膜をイオンプレーティング法により成膜した。表1に各被膜の成膜プロセスと膜厚を示す。
| 被膜種類 | 膜厚 | 成膜プロセス |
|---|---|---|
| DLC(ダイヤモンドライクカーボン) | 0.8μm | 3極型イオン源イオンプレーティング |
| TiN(窒化チタン) | 2.3μm | HCD(ホローカソード放電)型 イオンプレーティング |
| TiCN(炭窒化チタン) | 1.8μm | HCD(ホローカソード放電)型 イオンプレーティング |
| TiAlN(窒化チタンアルミ) | 2.0μm | スパッタイオンプレーティング |
| CrN(窒化クロム) | 4.1μm | HCD(ホローカソード放電)型 イオンプレーティング |
高荷重分解能型のスクラッチ試験機 マイクロスクラッチテスター MST を用いて各試料のスクラッチ試験をおこなった。試験条件は次のとおりである。
| 使用圧子 | 単結晶ダイヤモンド 先端半径 0.2mm 先端角 120度(ロックウェルCスケール) |
|---|---|
| 荷重範囲 | 0 - 30 N(3.06kgf) |
| 荷重負荷速度 | 30 N/min |
| スクラッチ速度 | 10 mm/min |
スクラッチ臨界荷重値(クリティカルロード)Lcは次のいくつかの方法で決定される。試験される基板/被膜の材質や膜厚によって臨界荷重が明確に決定できない場合もある。
<AE>
一般にビッカース硬さが1000を越える硬質薄膜では被膜中に進展するマイクロクラックやクラックおよび界面での剥離がダイヤモンド圧子ホルダーに密着して取り付けられた共振周波数200kHzのAE(アコースティックエミッション)センサーによって検知され適当な増幅回路と信号処理回路を通してAE出力として測定される。AE出力の立ち上がる荷重がAEによる臨界荷重 Lc(AE)として決定される。測定する被膜の特性や膜厚によって適切なAE感度(増幅利得)を選ぶ必要がある。またアルミニウムや金銀等の軟質金属や硬質薄膜でも膜厚が0.1μm以下の場合は検出されない。
<摩擦力 Ft>
スクラッチ中のダイヤモンド圧子先端と基板/被膜との間の摩擦力は、試料台の下に組み込まれた剛性のある板バネ式テーブルと板バネの変位を測定する差動トランスを組み合わせた摩擦力センサーによって測定される。スクラッチ摩擦力は圧子先端材料(ダイヤモンド)と基板/被膜の間の摩擦係数、基板/被膜の塑性変形に伴う掘り起こし抵抗、被膜の内部応力の3つの成分からなると考えられる。垂直荷重が増加して臨界荷重を越えると圧子進行方向前方の被膜が剥離して接触が圧子と被膜から圧子と基板に変わるため摩擦係数と応力の成分が変化してスクラッチ摩擦力が大きく変化する荷重すなわち摩擦力による臨界荷重 Lc(Ft)が得られる。通常工具鋼基板上のTiN被膜では臨界荷重Lc(Ft)を越えると摩擦力が上昇する。工具鋼上のTiN被膜では一般にLc(Ft)値はLc(AE)値より大きくその差は成膜プロセスや被膜特性により異なる。
<押し込み深さ Pd>
スクラッチ中の被膜表面に対しての圧子先端の押し込み深さは圧子ホルダー上部に取り付けられた変位センサーにより測定される。被膜が剥離すると圧子先端の押し込み深さが急激に増加したり変動幅が大きくなったりして押し込み深さによる臨界荷重 Lc(Pd)が求められる。一般にLc(Pd)値は明確に決定できないことも多く、押し込み深さ測定値と圧子形状から接触面積を求めて臨界荷重における面圧を求めたり付着力の解析のための補助的手段として用いることも多い。
<光学顕微鏡 OM>
スクラッチ試験機では光学顕微鏡が組み込まれており試料を取り外すことなく試料テーブルを顕微鏡下に移動させることでスクラッチ痕の観察ができる。通常は1回のスクラッチ毎に顕微鏡観察をおこない光学顕微鏡による臨界荷重 Lc(OM)を決定する。クラックや剥離の形態などスクラッチによるダメージを観察しAEや摩擦力、押し込み深さによる臨界荷重値と対応させることはスクラッチ試験による臨界荷重の意味を理解する上で重要である。被膜の材質、特性(付着力を含む)、膜厚によってダメージの形態は大きく異なる。
実験結果
スクラッチ試験では通常同一試料において3回スクラッチをおこない臨界荷重の平均値を求める。下図にDLC被膜とCrN被膜に対する3回のスクラッチの結果を示す。どちらの場合も高い再現性を有することが明らかである。
実験方法に示した5種類の硬質薄膜のスクラッチ試験の結果をまとめた図を下に示す。AEによる臨界荷重ではCrN>TiAlN>TiN>TiCN>DLC の順に臨界荷重値が高かった。摩擦力による臨界荷重でもCrN>TiAlN>TiN>TiCN>DLCの順でより高荷重まで摩擦力の上昇および変動が見られなかった。押し込み深さによる臨界荷重は本実験試料では決定できなかった。押し込み深さは本基板/被膜の組み合わせではほぼ垂直荷重に比例して増加しその傾きはDLC<TiCN<CrN<TiN=TiAlNの順で小さかった。
各硬質薄膜における臨界荷重付近の光学顕微鏡写真を次に示す。

DLC膜(LcAE付近と30N付近)

TiN膜(LcAE付近と30N付近)

TiCN膜(LcAE付近と30N付近)

TiAlN膜(LcAE付近と30N付近)

CrN膜(LcAE付近と30N付近)


















